第1回 おおみずあお

2004年6月24日 みわゆうこ

  幼い頃近所に小さな製織工場があった。夏の夜、そこは子どもたちの社交場になる。なぜって、工場の前のアスファルトの広場には大きな街灯が二本ともっていて、その下にはたくさんの虫が集まってくるからだ。

 街灯のすぐ下には、ヨコバイなどの小さい虫の大群がうずを巻いて飛んでいる。遠くから見ると大きな白いボールのよう。コオロギやカナブンがその下の地面にうろうろしている。踏まないように歩くのがたいへんだ。その中に彼らよりももっと大きい影を発見することがある。カブトムシだ。これが夜のお出かけの大きな目的のひとつ。

 私の記憶では不思議と全部メスで、オスがいたのは一、二回だったと思う。オスカブトとしては、『男子たるものそんな場所にふらふら出ておれん!』てなところだろうか。別に男尊女卑の思想があるわけではないけど、この場合はオスじゃなくっちゃなぁ…と何か出し惜しみされてるようなやりきれない気持ちになったものだ。つかまえずにしゃがみこんで少しほこりっぽいメスカブトをじっとながめる。

 広場を囲むグリーンのフェンスの上には、緑のバッタがこれまた数え切れないくらい留まっている。ツユムシだったと思うのだが、ちょっと自信はない。体長三センチくらいで後ろ足が長く、全身きれいな若草色で妙にぬるっとした感じ。ぎょうさんいるなあ、とバッタに見とれて歩いていると、突然目の前に横たわっているのがオオミズアオだ。
  

 当時は名前が分からなかったので、“水色のおっきいガ”と呼んでいたのだが、私はこのガがこわかった。こわいくせに気になる。すごく気になる。今思うと、子どもの自分は、この虫のもつ妖艶さにあてられていたのかもしれない。べったりと地面に張りついたペパーミントグリーンの羽を横目で見ながら、友達と花火や追いかけっこをした。暑さがほんの少しやわらいだ夏の空気がどこか虫くさい。
 
  今でもオオミズアオを見ると、子どもの頃の暑くて高揚した夏の夜がよみがえる。

(つづく)