奥田修三さん
安土西の湖観光

 
第10回

もう、いいよ

 
2002年10月3日 菱川貞義
ぼくたち、子どもにとっては
機関車は特別な存在なんだ。
 
SLはほんとうに楽しかった。
あの音、あの香、あの風、
長く感じる鉄橋をわたり、
長く感じるトンネルをぬける。
 
トンネルがゆっくりゆっくり近づくのを、
窓を開けて、
機関車が突入するのをじっと見つめていた。
ちょっぴりドキドキしながら。
 
先頭の機関車がトンネルに消えると
すぐに窓を閉めなきゃならない。
もたついていると
車内にケムリが突入して大騒ぎになってしまう。
 
やがてぼくたちは新幹線というスピードを手にし、
かわりに楽しさがこぼれていった。
それでもまだ
だれかがスピードをほしがっている。
 漁師も、スピードを手に入れて、これで生活がラクになると思ったら、逆にしんどくなったようです。
 
 
(奥田さん)
 わたしらは、櫓でこいで、堀切までずーっと舟をこいで漁に出ていたんです。片道1時間半から2時間ぐらいもかかるんです。網を朝にあげに行こうと思ったら、夜中の2時とか3時ぐらいに出かけんならんかった。それで、また帰るのにも2時間かかっていた。
 
 取り放題だけど、そういう手間がかかっていた。エンジンなんかついてなかったから。いまみたいな舟があったら、取り放題とはいかない。たくさん獲れるようになって、たくさん獲れなくなってしまった。考えたら、むかしは取り放題だと思ってられた時代。よかったのかなと思ってますよ。
 
 魚の群れも漁師の勘だったのが、いまは魚群探知器がある。網もむかしはたいへんでした。ナイロンの網ができたのは最近です。昔はみんな絹だった。カイコのまゆを6コ水につけて、それで6本の絹を糸巻きでビービービーとより合わせて使ったんです。7本にすると太くなって目立って魚のつきが悪い。逆に5本にすると、魚が糸を切りよる。ナイロンはやわらかくて強いが、それでも結び目はすぐダメになった。
 
 (つづく)

奥田さんの西の湖・水郷めぐり
 ヨシ博物館の前に広がるヨシ原も焼かれていました。
 
 ヨシは刈ったほうが、また、そのあと焼いたほうがいいヨシが育つなんて、そしてそのほうが水質浄化に役立つなんて、眼前に広がる光景のようにまったく不思議です。
 水郷は迷路のように続きます。
 
 どっちに行こうか迷ってしまいます。でも、奥田さんはそんなぼくの気持ちをよそに、半世紀以上にわたって慣れ親しんだ水郷を迷うことなく進みます。

    西の湖の漁具と漁法(福沢常一さん)
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